③kaikoura
2009年1月11日~13日
■KAIKOURA PENINSULA
カイコウラという、どこか日本人には馴染みやすい土地名がニュージーランドにはある。
南島の東海岸、クライストチャーチの北にある、その小さな半島の根元にある小さな町がそのカイコウラである。
この人口わずか3400人ちょっとの町が有名なのは、この半島の沖が世界的に見ても稀な海洋資源に満ちた海であり、一年を通して様々な海洋哺乳類を見ることができるからである。海図を見ると、半島の沖は急激に深くなっており、陸上には急にそびえる山脈が控えている。このダイナミックな地形からして海洋深層水の湧昇水が上がっていると思われる。そして南からの寒流と北からの暖流がぶつかる場所と言われており、それが大量のプランクトンを発生させていると言われ、それに伴って魚が湧き、それを追って大型海洋哺乳類がやってくると言われている。
そんな訳で、ここはホエールウォッチングのメッカとして、ニュージーランド国内からはもちろん、海外から多くの人がクジラ目当てにやってくる場所なのだ。
それとは別にこの海は深い海を渡ってきたエネルギーが急な浅瀬にぶつかって生まれる最高の波を狙ってたくさんのサーファーがやって来るサーフポイントでもある。その為街はかなり小さい割に、ものすごい人がやってきている、妙ににぎやかな場所なのだ。
さて、そんな場所に僕のような野蛮人カヤッカーがやってきたところで何をするのか?
それはもちろん、素潜りである。
カイコウラとは、先住民マオリの言葉でカイ=食べる、食べ物、コウラ=cray fish …という意味らしい。つまり「イセエビの居る所」という意味になるのだ。実はニュージーランド国内にはカイコウラという地名が他にもあるくらい、イセエビが多いらしい。その生息範囲は、北はもちろん、南はスチュワート島まで生息している。日本なら暖流の流れる海域、それも太平洋側のみに限られるのに、この国は海域のほぼ全部に生息していることになる(しかも同一、もしくは2種。日本の場合、本州、伊豆諸島、沖縄などでは多少種が違う(イセエビ、カノコイセエビ、シマイセエビなど))。
そんなニュージーランドでも、とくにイセエビが多いと言われ、名産にもなっているカイコウラのイセエビ。せっかくなので潜っていただいてしまおうという魂胆である。それが第一にあり、その次くらいに「じゃぁ、せっかくカヤックも手に入ったし、漕いでみるか」といった感じだった…(笑)。
■KAIKOURA KAYAKING
見ず知らずの人間が、いきなり会いたいと言ってメールするのもどうかと思うが、せっかくの機会だし、とりあえずショートメールを送ってみた。
すると、ちゃんと返事が来て、会ってくれるという!とりあえず昼間は仕事があるというので夜にでも会いましょうということになり、僕の方はカイコウラを漕いで、潜っておくことにした。旅の相棒、shokoちゃんは、街に繰り出し、カフェめぐりでもするという。
エイベルタスマンのあるモトゥエカからネルソン、ブレナムを経由して東海岸沿いにカイコウラに向かう。それまで内陸を走って来て、いきなり現れた東海岸の荒海は、なかなか興奮する光景だった。どことなく海岸の感じが日本に近い。
カイコウラに到着すると、とりあえずいつもどおりアイサイトでトイレ休憩と、意味もなく大量にあるパンフレットなどを流し見る。ホリデーパークで安そうなところを目星をつけてまずは宿泊地に向かうのだが、この時はまずは何よりと半島の先端まで行ってみることにする。
当初、カイコウラでは1泊二日でカヤックトリップをしようと思っていたのだが、現地に来てみるとこの半島のあまりの小ささ、それに漕いで面白そうなところが先端のごく僅かのみだということに気付き、ワンデイで十分行って潜って帰ってこれるな…と思いなおした。
半島の北側にある道をなぞるように走って行くと、行き止まりになる駐車場がある。そこで車を止めて車から降り、「くぅ~っ」と、背伸びをすると、目の前に異様な光景があり、思わず見直してしまった。
目の前に黒い皮の塊。
その奥には岩の上であくびをしている獣が見えた。ニュージーランド・ファーシール。
駐車場からごく僅かの場所で野生のオットセイを見ることができるのだ。他の観光客もカメラを構えてオットセイを撮影している。トイレがないので藪の中に入ると、巨大なオットセイがここにも隠れて寝ていたので驚いてしまった。
エイベルタスマンのSeparation Pointでオットセイが見れずにがっかりしていたのがアホみたいに思えるほど、ここではあっさりオットセイに会うことができる。
駐車場のすぐ近くに丘の上に登れる階段があり、その急な階段を上って行くと半島の丘の上を歩いて行くことができる遊歩道が続いている。しばらくそこを歩いて海岸線を下見する。
「ん~・・・」
一言で言えば、カヤックを漕ぐのはかなり厳しい海だった。海岸線は白波が立ち、巨大なサラシが広がっている。外洋からは巨大なうねりが入ってきており、沿岸域の水の色もかなりマッディーで潜る気になれない・・・。とにかく、明日は何とかなるだろうと楽観視をして、車に戻り、スーパーで買いだしをし、半島のちょっと南にある町外れのホリデーパークで一夜を過ごすことにした。
翌日、天気は上々。風はまぁまぁ。漕げない日ではない。
キャンプ場を出てshokoちゃんを街に下ろし、自分は前日に行った先端近くにある駐車場まで行く。そこでカヤックを組み立てて、駐車場の脇から出艇することにした。この日の風は北東から吹き、うねりも同じ方向からやってきていた。半島の南側にさえ回れば海も凪になり、潜れる場所もあるだろうと踏んだ。
ロックガーデンの浅場から舟を出すと、沖からとんでもない大きなうねりが入ってきて、ショアラインで大波となり、磯を洗っている。このシチュエーション、どこかで経験したことあるなと思ったら、屋久島一周の時、湯泊の港から栗生に向かった時、もしくは栗生岬を越えた時に似ているなと思った。
ブーマーに気をつけながら岩の無いラインを通ってなんとか沖に出る。沖に出れば波も心配ないと思っていたが、沖に出たら出たで、巨大なエネルギーの塊が水を動かしながらカヤックを下を通って行くのがわかる。ゆっくりと、上下に動かされるカヤック。えも云われない恐怖を感じ、出発したことに若干の後悔をしつつ、先を進む。砕けないとわかっていても巨大な波というか、うねりがやってくるのを正面から見ているのは気持ちのいいものではない。
ある程度沖に出たところで今度は南下をする。右手に半島を見ながら漕いで行くと、手前にあるロックガーデンにオットセイがたくさんいた。その岩に時折うねりがぶつかり、巨大な水柱が立っている。
「こんな海で、どこに潜ればいいっちゅうねん!!」
独りブツブツ言いながら波に恐怖し、それでもどこか入れる入江はないかと海岸線を見つめる。しかしどこからどう見ても、潜るどころが上陸できそうな場所はない。巨大なうねりに放り上げられて、岩に叩きつけられてカヤックが粉砕。オットセイがやってきて「こんにちわ」。そんな光景が想像できた。
途中、なんどかプレジャーボートがやってきて、やたらテンション高い奇声をあげて走り去っていく。こっちも負けずに「ゥキャーッ!!」とか言いながらパドルを放り上げる。
南に向うにつれてうねりが弱くなってきた気がする。
最後の岬を回り込み、半島の南海岸に入り込むと、嘘のように海は静かになった。
それまで危なくて近寄れなかったロックガーデンにも近寄ることができ、そこにはたくさんのオットセイが怠惰な格好で過ごしていた。
半島の南側、South Bay という場所にある入江の中にあるロックガーデンに入り込み、干潮で干上がった海藻の上にカヤックをあげて小休憩。この周辺なら何とか潜れそうだ。もうちょっとあたりを探索してから安全な場所にカヤックを揚げて潜りに行こうと思った。
カイコウラの地質はどこか三浦半島に似ており、砂の堆積岩でできているように思える。
日本で言えば伊豆半島などは火山岩でできた岩で、三浦半島や房総半島は砂の堆積岩で構成されている。この堆積岩は付着生物が生息しやすく、その為火山岩の地質よりも堆積岩の方が付着生物が多いという話を聞いたことがある。単純に生息する生物の量だけの話ではなく、プランクトン生活を終えた海洋生物の幼生が、ベントスになる段階で堆積岩の方が付着しやすい性質を持っているのならば、この話には合点がいく。
カイコウラにイセエビが多いというのはこういう、地質的なことも関係あるかもしれない。実際、他のニュージーランドも海もその後漕いだり潜ったりしたが、堆積岩で構成された場所は意外に少なかった気がする。
ロックガーデンが広がり、その浅場には海藻がこれでもかと生えている。地質的にも見た目にも、そしてこの透明度の悪さもどこか三浦半島を連想させる。ただ違うのはオットセイがいて、海がやたらワイルドだという所か…。
カヤックを潮上帯に持っていき、いよいよ潜り支度をして海に入る。魚は獲れるか微妙だったが一応銛も持っていくことに。
上から見ると海藻が生えていてきれいな感じだが、実際水に入るととんでもなく透明度が悪い。水に入ってから僕はフィンを履くのだが、水が濁り過ぎて片方のフィンを履いている間にもう一つのフィンを見失ってしまうほどだ。
「はたしてこんな海で潜りが成立するのだろうか・・・?」
水温も15度くらい。1時間半が限界といった感じである。あまりにも濁っていてどこを潜っていいかわからないので沖に見える根を目指して泳いで行き、時々見えない海底に向かってカラ潜りを繰り返す。水深はそんなに深くない。しばらく5mくらいの場所を泳いでいた。
地元の人はあまり潜り漁は行わないようで、かご漁でクレイフィッシュを採っているようだ。いたるところに目印のブイが浮いている。その周辺を潜るのは粋じゃないのでかわしていく。
何度かカラ潜りをしているうちに、面白い地形の場所を見つけた。その岩の下をのぞくと・・・
「いたーッ!!!!」
アワビが(笑)
イセエビじゃないけど、特大アワビがゴソット6枚くらいくっついている。この大きさなら2枚あれば十分過ぎると思い、ありがたく大きい順に2枚、拝借する。
とりあえずボーズは免れたので、気持ちが楽になった。何しろ今回、イセエビが採れなかったらshokoちゃんに「その時は買ってでも食べる!!」と、言っていただけに、冗談でも海産物に金を出す気にはなれなかった僕は是が非でもイセエビが欲しいところだったのだ。まぁ、海老じゃないけどアワビなら何とかごまかせるだろう。
そしてついにエビを発見した。
ニュージーランドではイセエビはとくにライセンスがなくても採ることができる。ただし、銛などで刺して採ることは禁止されており、大きさも決まっている。僕の見たその海老は明らかに小さかった。でも5~10匹のイセエビが同じ穴の中にかたまっている姿はかなり壮観である。
「エビはな・・・、下から手を差し込んで、ひねって、こうだ・・・!」
そうレクチャーしてくれたのはAucklandにあるスピアフィッシング専門店「OCEAN HUNTER」のマイクだ。輪っかのような海老取り用の道具もあるのだが、基本キウィは手掴みでクレイフィッシュを採るという。
そう云われたとおり、エビを採ろうとするのだが、どうしても触覚に手が触れてしまい、その時点で海老は穴奥深くに入って行ってしまう。触覚をつかもうものならそこから折れてしまい、逃げられてしまう。
さすがカイコウラというだけあって、その後たくさんのエビを見ることができたが、なかなか採ることができない。それに大きさも小さいものが多い気がする。大型はもっと沖にいるのだろうか?そう思って沖に出ると、今度は急にズドーンと深くなっており、垂直に海底へと続く根があったりして勝負にならなかった。
結局この日採れたのはクレイフィッシュが2匹、パウア(アワビ)が2枚、そしてソフトボールくらいの巨大キナ(バフンウニ)である。
寒さも限界マックスで、一時間ほどで上がることになった。
まぁまぁの獲物を獲ることができ、久しぶりに海水に浸かったこともあり、満足感に駆られながら着替え、お茶を飲んでから再びカヤックを沖に出した。
しばらく行くと、カヤックツアーらしき団体に出くわした。先頭にガイドが一人、お客さんはタンデム艇に乗っており、後ろにもう一人シングル艇のガイドらしき人が。その人は東洋人の女性に見えた。もしかして・・・?と、思いながらその横を漕ぎつつチラチラ見ていると、あっちも気づいたらしく「あッ」と、いう顔をしたのち、「赤塚さんですか?」と日本語が返ってきた。
海上で人と会うのは悪い気がしない。カヤッカーとしてはこういう出会い方の方が嬉しいものだ。また連絡しますといい、彼らは別の方向に漕ぎだしていった。そりゃそうだろう、こんな荒れた海にツアーで出たらひとたまりもない。カイコウラには一つだけシーカヤックカンパニーがあるのだが、シーカヤックというよりは、海洋哺乳類を見るためのシーカヤックツアーのようで、あくまでオットセイを見たりイルカが見れたりできれば内海でも充分なようなのだ。
外洋のうねりを受け始める頃、一匹のオットセイがもんどりうっているのが見えた。何かを放り投げては潜水し、下から浮上と同時に噛みつき、またピザ生地のように回転を入れながら何かを投げている。寄ってみると、それは巨大なタコだった。タコを弄ぶように放り投げては足を食べ、また放り投げては食べている。
動物の中で、人間以外に遊びで生き物を殺すのはカワウソくらいである…という話を聞いたことがある。しかし目の前のオットセイの行動は遊んでいるようにしか見えない。前足で押さえつけながら食べることができないオットセイが、タコに呼吸器官をふさがれないように捕食するにはこのような行動をするしかないのかもしれないが、それにしても面白い行動だと思った。後で聞いたらなかなか見れない行動なので、運がよかったようだ。15分くらい、うねりに気を使いながら観察した。
オットセイ(ニュージーランド・ファーシール)の主食はタコらしい。そのタコの餌がパウアやクレイフィッシュ。だからクレイフィッシュが多いところには必然的にオットセイが多く、コロニーを作ることが多いという。まぁ、ファーシールが多い南島に限ってはそうなのかもしれないが、僕がクレイフィッシュを潜って採っていたのはファーシールの少ない北島なのでその相互関係はわからない。でもまぁ、理にかなった食物連鎖の形ではあると思う。
久々に漕いだせいか、それとも素潜りをした後だからかはわからないが、やたらと帰りは疲れた。向かい風だということはあるにせよ、早く帰りたい気持ちもあり、内心焦っていたのかもしれない。最後の岬を回り込み、出発した浜に行くと潮が満ちたせいか波が出発時より高くなっている気がした。大勢の観光客が見ている中、波に乗ってしまいサーフィンしながらかっこ悪く上陸…。でもなんとかカイコウラの海を遊ぶことができた。
■KAIKOURA COOKING
無事にカイコウラでのツーリングから帰ってきてshokoちゃんをピックアップすると、いったんキャンプ場に戻り、潜り道具を水洗いしてから約束していた時間になったので集合場所のアイサイトに向かう。
TOMOさんはJINさんと同じ、ネルソンのアウトドア専門学校に入っており、同じく夏休みの間このカイコウラのシーカヤックショップで実習を兼ねたお手伝いをしているのだという。体育大学出身だけあって健康体そのもの、礼儀の正しい好感持てる女の子だった。彼女はどこかのお店で食事でもという感じだったが、僕が今日イセエビとアワビを採ったから一緒に食べようというと、快く承諾してキャンプ場まで一緒に行くことになった。
カヤックの水洗いや潜り道具の整理でごちゃごちゃしており、料理の準備どころではなかったのでお客さんが来てからの開始になってしまったが、さっそく今日獲れたニュージーランドの魚介類を料理することになった。
巨大なウニはその身一つでイッカン握りずしが作れるんじゃないかと思うくらい、でかい。あまりにも立派すぎて味が濃ゆ過ぎるのでアワビと一緒に炊き込みご飯にすることにした。アワビは刺身と踊りバター焼き、ご飯の具となり、メインのイセエビは浜焼と刺身、味噌汁にすることにした。もう完全に日本的海鮮料理の王道的コースで攻めてみた。tomoさんもこっちにきてまだクレイフィッシュは食べていないというのでちょうどいいタイミングだった。
バケツで作った焚き火台で、北島のイーストケープで大量に拾ってきた良質の流木を燃やし、それでエビとアワビを焼いて食べた。
アワビに関しては、ブログにて書いたのでここではあまり触れないが、イセエビに関しては「う、ウメェーッ!!」という感想はなく、「んー、ま、うまいね」…といったものだった。
刺身も食べたが、触感は良いものの、どうも甘味が足りない気がする。
日本のイセエビをひいきしている訳ではない。僕は結構自分の舌には自信がある方だ。もちろん日本のイセエビも当たり外れはあるとは思うが、エビ独特のモチっとしたネトッとした甘味が希薄な気がするのだ。しかもこの日作ったエビの味噌汁は味噌が中国人が作った似非日本味噌で、あまり美味くなかったのでなおさらそう感じた(後日、マルコメで作ったら美味かった)。西洋風に、マヨネーズ焼きにしたり、ナンプラーを塗ってコリアンダー擦り込んで食べたりしたら美味いとは思うので、郷に入ったら、郷に従えというか、こっちの食べ方で食べた方がクレイフィッシュも美味いようだ。
tomoさんはニュージーランドに来てシーカヤックを知り、今はシーカヤックが楽しくて仕方がないという感じで話をしていたのが良かった。フィヨルドランドでガイドをするというのが目標らしく、ずいぶんと高い目標を持っているなーと、感心した。世界で頑張っている日本人の人って、やっぱ多いのですね。僕も頑張らねばと思いました。
その後、Tomoさんをカイコウラの家まで送り、僕らもまた、翌日にはカイコウラを後にしたのだった。