⑨Mt.Taranaki
2009年3月3日
南島の旅を終えて北島にたどり着いた僕は、友人が住んでいるニュープリマスに向かった。
ウェリントンからひたすら西海岸を北上。それまで牧歌的な景色が続いていた南島から北島に来ると、多少なりとも違いを感じる。車が多く、大型トラックに挟まれて運転することも多く、そして街を歩く人もマオリや黄色人種が増えてくる。道路も工事をしている場所が多くて、十分日本に比べればのどかなニュージーランド北島なのに、憤りを感じ始めていた。
長距離運転の末、やっと北島の西にコブのように突き出したタラナキ地方にたどり着いた。ここから内陸部に入って一気にニュープリマスの街に行くのもアリだが、海から離れるのが嫌で遠回りになるのを覚悟で海岸沿いを行くことにした。
タラナキ地方をぐるっと回るように存在するこの海岸道路を「サーフ・ハイウェイ45」といい、その名の通りサーファーが頻繁に現れる道路である。それはこのタラナキ地方がニュージーランドの中でも指折りのサーフポイントで、丸く突き出たタラナキ半島は年間を通してどこかしらか良い波が入ってくるので常にサーフィンができる場所であり、なおかつコンディションの良い波が入る素晴らしいポイントがそこら中にあるらしい。僕の友人もそれが目的で仕事も少ないニュープリマスに移り住んだサーファーなのだった。
そうは言っても海岸ぎりぎりに道路がある訳ではないので、ポイントに行くにはサーフに向かって細い道路をまた走らないと海はまだ見えない。左右を羊や牛の牧場に囲まれながら、開放的なドライブを続ける。
タラナキ地方に入ってから、常に右側にある山の存在が気になった。
Mt Egmont。
別名、Mt.Taranaki。
エグモント山は日本の富士山に似た独立峯だ。見事な円錐形の山はついつい見惚れて車線をはみ出してしまう。危ない話だが、本当にそれだけ魅力的な山だ。
「いっちょ、登ってみるか…」
友人に会って、飲んだ翌日にはタウポ湖に向かうつもりだったが、この山を見ていたらその挑戦的な容姿に体がムズムズしてきてしまった。
実はこの数ヶ月前、オークランドの友人たちとこの地に来ており、この山の麓まで登ったのだが本格的な装備の無い僕等はその時の天候も関係して頂上へのアタックは諦めていた経緯があったのだ。今回は装備もあるし、残雪も少ないし、単独なのでペースを気にせず登ることができる。何気に頂上への未練は残っており、それがこの山に妙な対抗意識を持っていたのかもしれない。
無事、ニュープリマスの街にたどり着いた僕は泊まったホリデーパークで友人と合流し、一緒に食事をすると翌日の登山の為に早めに就寝した。
Egmont national park NorthEgmontからのトランピングコース案内図
(現地看板からの画像です)
ニュープリマスの街をでて南の内陸に入る国道3号線に乗る。
そこからInglewoodという村の手前からタラナキ山に向かって車を向けるともっとも山頂に近い登山道があるNorth Egmontに辿り着く。
ここにはビジターセンターがあるのでそこの駐車場に車を泊めてバックパックに装備を詰め、靴の紐をきつくしばり、出発する。
ビジターセンターには今日の天気予報が出ており、それによると天候は良好のようだ。DOCのビジターセンターの天気予報は標高ごとの天気と風、気温が書かれているので具体的で目安にしやすくありがたい。
若干山頂に雲が被っているが雨が降る気配はなさそうだ。僕が山を登る時はいつも風が強かったり、曇りで視界がほとんどない…という事がほとんどなのだが今回はそれもなさそうだ。
ビジターセンターを出て、まっすぐ山頂を目指す。
このあたりはタラナキ山の山頂を狙うだけでなく、自然を楽しむ為のトランピングコースも多くある。Egmont national parkに所属されるこのあたりは森林もきれいに残されており、キウィも生息する。タラナキ山を中心に見事に円形をしたこのナショナルパークは、その境界線が見事なまでにわかる。それは森がある所がナショナルパークで、それ以外は民間の土地、つまり牧場だからだ。
話がちょっとそれたが、そんなトランピングコースを無視するように僕はタラナキ山山頂を目指すルート、Summit Trackを歩き黙々と目的地に向かった。
前回、友人達3人で来た時はビジターセンターからMaketawa Trackというコースを歩いて帰ろうとしたのだが、山登り大好きな女の子と元自衛隊レンジャー部隊だった男だったため、ペースがメチャクチャ速くあっという間にサーキットを歩いてしまい、サミットアタックをする場所まで行って登頂を考えたが悪天候のため断念、そこからHolly Hut Trackという別のルートを通ってビジターセンターに戻ったのだ。
今回はそのサミットアタックに出る入口まで行き、そこから登頂を試みるのだ。
入口までは一時間ほどで着くことができた。
このサミットアタックの入口までは手前にある民間のTahurangi Lodgeに荷物を運ぶために車が入れるよう舗装されている個所もあり、その急激な直登を除けば不安要素はほとんどない。
ここから先は険しいゴロタ場などを通り、激しい岸壁などには階段がかかっている。この階段は「The Hobbit Highway」と名前がついており、そのかわいい名前とは相反して怒涛の登りが続く。
その階段がやっと終わると、森林限界はとっくに過ぎて、灌木や草はもちろん、苔すらも生えない岩礁地帯となる。富士山に登ったことはないのだが、富士山の8合目あたりもこんな感じなのかな…と思う荒涼とした風景が目の前と眼下に続き、軽石の砂利が歩いていてフワフワした感じを受ける。
所々に見えるポールを頼りにそれらしきトレイルを歩いて行くが、ポールとポールの間はほとんど道というものはない。ただ何となく人が歩いてならされている場所を選んで歩いて行く感じだ。
あたりを雲が覆い隠していたのが次第に晴れてきて、そして今上がってきた場所、眼下に雲が見えるようになってくる。そしてその隙間から麓の風景が見えると一気にテンションが揚がってくるのがわかる。
「山に登っているな~俺!!」
当たり前のことなのだが、ここ最近、登る山登る山、すべて山頂にたどり着いてもガスが出ていて景色を見ることができず、このように雲の上の景色を見るのも久々な経験だった。
「Hallow!」
山頂にすでに登っていた人達が時々降りてくる。年齢は老若男女。70歳近いおじいさん達から小学生くらいの子供まで。さすがに子供はきつそうだ。自分が子供の頃、親や知り合いに無理やり山に連れて行かされて「何でこんな目に会わなきゃ駄目なんだ…」と、罵りながら登っていた頃を思い出す。山登りもハイキングも、そしてカヤックも、登頂したい、目的地に何としても辿り着きたい…!という自主性がなければただの苦行でしかない。
でもそれが今は良い経験として生きている。
楽しいことだけを選ばせてやらせる今の子供はどういう生き方になるのか。頭がいい奴はどこまでも突っ走れるし、頭の悪い奴はどこまでも落ちてゆく生き方になりそうな気がするし、気配を感じる…。
一歩踏み出すと、ザラザラと砂が流れて非常に歩きづらい。砂利が軽いので踏ん張っても実感がないのだ。それに傾斜が非常に急な場所を直登する。そしてまだ頂上は遠い…。
そんなガレ場を登ると今度は巨大な岩に囲まれた場所を縫うようによじ登る。
ノンストップで登っていくと1時間ほどで頂上にあともう少しという所まで来た。しかしその目の前にあったのは見事な雪渓だった。
「流石…この時期でもあるのね」
その雪渓を横断して登るとゴールは近い。サラサラとした場所を避けてごつごつした岩場を登って行くと、それ以上高い場所は見当たらなくなった。
人が固まって記念写真など撮っている。ついにMt.タラナキ(標高2518m)登頂である。ビジターセンターを出てから約3時間。ノースエグモントが標高936mなので、約1500mを3時間で一気に登って来たのだからまぁまぁのタイムだろう。
南側の眼下に広がる広大な雲海。
北側には海まで見える絶景。ニュープリマスの町並みも見える。
いやー、いいね。独立峰の景色。
ここでやっと遅いランチを取り、人に頼んで記念写真なども撮ってもらった。何度も言うけど、ホント久々に山に登って晴れたのでこの絶景は感動した。海もいいけど、やっぱ、山には山の醍醐味があるなとしみじみ実感。
30分ほど休憩するとまた復路に戻ることにした。
行きと違って帰りは帰りの大変さがある。足を踏み外したり、滑って転んだりと足場が悪い上にトレッキングシューズではないので気をつけないと足首をやられそうだ。それでも登りと違う点は常にその絶景を見ながら歩けることだ。たまに気に入った場所を見つけると写真を撮った。
ほとんど滑り落ちるように降り、ホビットハイウェイに辿り着くと膝がガクガクとなりはじめた。いきなりハードなことやり過ぎだ。ゆっくり階段を降り、Tahurangi Lodgeまで戻ると今回はホーリーハットトラックを歩いて帰らず、まっすぐビジターセンターに向かって足を運んだ。
車を泊めていた場所まで戻ると、今まで山頂が見えていた山にも再び厚い雲がかかり始めていた。さすが独立峰。その天気の変わり方は速い。何かの気まぐれか、今回は山の神様も僕の見方をしてくれたようだ。
何の気まぐれか、突発的に登ろうと思ったタラナキ山。
自分の瞬間的なひらめきとはいえ、この決断は大正解だった。こういう行き当たりバッタリ的なやり方が結構好きなのでその結果の良さに大満足のタラナキ滞在だった。
しかもその夜は友人と再びホリデーパークで夕食を食べていると日本語で話をしている東洋人二人を発見。なんでも福岡から来たサーファー2人組だった。1週間の休みを取って車をレンタカーし、ニュージーランドをサーフトリップしに来たという。
サーフィンとシーカヤック。ジャンルは違えど同じ海を愛する者たち、そしてニュージーランドの海を楽しんでいる者ども同士、話は盛り上がりこの日も遅くまで飲み明かしたのだった。
NewPlymouthに沈む夕日
もちろん翌日は大腿筋の激烈な筋肉痛と多少の二日酔いがあったのは…しょうがないことだ。