⑧D'Urville Island
2009年2月24日~2月28日
「アカツカ君なら、絶対気に入ると思うよ、あそこ」
前出のヒロさんが僕が釣りが好きだというとこの島を紹介してくれた。
「何しろ入れ食いだから、入れ食い!」
南島の北東にあるマルボロサウンズ。この複雑なフィヨルドの先端から切り離されたような島がある。その地形的な理由からアクセスが容易ではなく公共の交通機関も存在しない。半分が民間、半分がナショナルパークになっているその島はわずかな住民とたまに来るヨットの旅行者しかいないという。隣には漁業規制が入っているマルボロサウンドがあり、周辺海域はとても素晴らしい漁場になっており魚が多いというのだ。
もちろんカヤックのフィールドとしても面白い場所だというのは度々聞くことがあり、ちょっと気になっている島ではあった。だが早めに北島に行って本命の沿岸を漕ぐ遠征を行いたかった僕には今回のNZ滞在中は無理な場所だと考えていた。それがアナキワで行われたKASKフォーラムに出ることになり、それならせっかくだから…と欲がわいたのだった。北島に渡るのを3月1日と決めたのでそれまでの間時間ができ、それならばと思ったのだ。何しろ北島を漕ぐ前の前哨戦として一週間程度のツーリングを南島でやっておきたかったのもある。それをダービルアイランドでできるのは良いチャンスだと思った。
2009年2月23日、アナキワでのKASKのフォーラムが終わるといったんブレナムまで行って買い出ししそのまま車を走らせてダービルアイランドの玄関口、フレンチパスを目指す。ネルソンに向かう国道6号線を外れ、カールークから北上、Okiwi bayに出ると今度は砂利道を走ってさらに北上する。森や牧場を横切り、山の尾根を羊の群れを追いかけまわすような形で車を進めて半島の先端フレンチパスに到着するころには6時を過ぎていた。
途中、展望台からフレンチパスの激流を見ることができる。
フレンチパスはフランス海軍のダービル将軍達が通ったことでその名がついたようだが(ダービルアイランドも然り)、その時何度も座礁し、何とか通ることができたようだ。そのぐらい潮が速く、地形が複雑で流れが不規則らしい。確かに山の上から見る潮流は川のように轟々と流れており本当にここを横断できるのか一抹の不安を抱かせるには十分な説得力があった。
その日のうちにカヤックを組み立て、簡単な夕食をとるとビールをあおり明日に備えて早めに寝ることになった。
2月24日 French pass→Garden bay
漕ぎだしはいつも淡々と漕ぐ。とにかく体にパドリングを染み込ませる。けだるい水の抵抗が心地よい体へのリズムになったころ、小さな湾を横断して岬の先端にでた。すると後ろから2頭のオットセイが追いかけてきた。左右に分れながら、漕ぎ進む僕のカヤックの周りをぐるりと回りつつ後ろを交互についてくる。カヤックからカメラを突っ込んで写真をとると、ピントがイマイチだが彼らの姿を捉えることができた。
そこから先は小さな入り江があったりして中に入ると滝が流れ込んでいたり、沢があったりと面白い景観が広がる。たまにビーチが現れるので無駄に上陸してそこからの景色を見たりした。
北上するにつれて地形もダイナミックになって来て洞窟なども現れはじめた。
「オモシレェじゃん、ここ!」
透明度も上がってきており、穏やかな入り江の磯場を見るとついつい海中の様子が気になって来てきていた。その日のうちに最北端の岬を回り込むことは可能だったが、あまりの海の良さにこの日はこのあたりでキャンプすることにした。なにしろ予定は4泊もあるのだ(後日、それでも足りないと思ったし、足りないとも言われた。そのぐらいここは面白い!)。
地形図にあるGarden bayという湾のビーチに上陸する。ちょうど出っ張ったロックガーデンで南東の風が防がれて快適なキャンプ地になっている。この奥にテントを張り、カヤックをあげた。時間はまだ14時を過ぎたばかりだがやることはあるのだ。ウェットスーツに着替えてブイにメッシュバックとカメラも装着し、いよいよ潜水開始である。
潜ってみると他のニュージーランドの海域同様、海面からはきれいに見えたものの白濁りがキツイ。だが浅場では海藻が生い茂り、その間をベラやブダイの様な魚が泳ぎまわる。岩の間を除くと銀色に輝くパウアがこれでもかとへばり付いていた。
浅場にいても大物はいないのでさらに沖に出ると岩が無くなり、砂地になった。ぽつぽつと岩が点在しており、その岩にはウニが覆い隠すように集まっている。水深7mほどの砂地に潜ってあたりを見渡すと、実に驚くほどのブルーコッドが泳ぎまわっているではないか!
ブルーコッドというのは日本で言うトラギスが馬鹿でかくなったような魚なのだが、地元では高級魚になっている非常に美味い魚なのだ。北島で潜っているときにはほとんど見かけることが無かったが、ここにはワラワラいるのである…!しかも全然逃げない。アホみたいに寄ってくる。大きい奴を探し出し、さっそくそいつに銛を打ち込む。あっさり捕獲。40㎝オーバーの見事なブルーコッド。こりゃ魚獲るだけならあっという間に仕事が終わると思った僕はカメラに切り替えて写真を撮りまくった。岩についているウニをナイフでつぶすとものすごい数の魚が集まって来てお祭り騒ぎだ。あまりの乱痴気騒ぎに唖然としてしまう…。なんなんだ、この魚の擦れてナサ。
その後ブルーコッドを2匹追加し、最後に初めて見た良型のブルーモキを追加し、これは獲りすぎるとホクホクしながら陸に上がった。
Garden bayは砂利浜で奥は牧草地になっておりところどころに牛のウンコがあるがそれ以外は非常にすばらしいキャンプサイトだった。流木でたき火を起こして金網が無いので一匹ブルーコッドに串を打ち、塩焼きに。一匹は半身を刺身、半身をスープにした。残りの魚は切り身にし、ジップロックに入れて大量の塩を投入して保存することに。
一羽妙に馴れ馴れしいカモメの若鳥がいて、こいつが油断するとすぐに食べ物をつつきに来る。あまりにも図々しいので石を放り投げたら見事に命中し、ちょっと罪悪感がわいたがしばらくすると再び現れて食べ物をあさっていた。学習能力無さすぎ。焼き鳥にするべきだった。焚火の下に埋めておいた皮つきのトウモロコシを食べ、ビールを飲むと暗くなると同時に眠くなってきた。朝日とともに起きて、夜とともに眠る。
単独カヤック旅はこれ以上ないほど健康的である。
2月25日Garden bay → South arm
特に急ぐ必要もなかったので朝はゆっくり起きてドリップコーヒーを淹れ朝食をとった。キャンプサイトの奥に滝がありそうだったので行ってみると案の定あり、そこで顔を洗ってから出発の準備をすると9時になっていた。
この日は少し風が上がって来ていた。しかし風向きは前日と同じく南東の風。やや東になっているかもしれない。最北端の岬を回ってしまえば風裏に入って穏やかになるだろうと踏んでいた。
島の北端はロックガーデンと絶壁でできていた。山の上は牧草地になってたまに牛や羊らしき動物の陰を見ることはあったが森は消えた。
追い風に乗って島を北上するとところどころに洞窟が見える。ものによっては向こう側に光がさしているじゃないか。そんなものを発見すると北上するのを忘れて洞窟をくぐってしまう僕の悪い癖が出てきてしまった。全然先に進まない。しかしこのあたりの洞窟は中で二股に分かれていたりして非常に面白い。出たり入ったりを繰り返しながら楽しみつつもなんとか岬を回ることができた。
岬の先端は潮が速く、岸壁も迫力があり、そしてオットセイがいた。日本の沿岸を漕いでいて漁師のおっちゃんたちが「なんだありゃ」というような顔でこちらを見るように彼らもこちらをまじまじと眺めているのが面白かった。そして中にはチラ見しつつも顔を伏せて昼寝を決め込む奴がいるのもなんとなく親しみ深かった。
しばらくは回り込んだ風に押されて追い風のようになっていたが次第に吹き下ろしの風に変わってきた。だが湾の中のためか特に潮流の影響もなく淡々と漕ぎ進むことができる。途中、手頃なビーチを見つけて昼食をとった。
この日は地図にあるSouth armのどん詰まりにある2か所のキャンプマークのうちの一つに泊まる予定だった。入り江の中に入ればはいるほど外洋の影響が無くなり内海の様相になっていく。瀬戸内のように森が海岸線近くまで張り出してきて、海面も凪いでくる。外洋のきれいな砂浜でキャンプしたかったが、中に入ってみるとこれがこれでなかなかいい。手前にあったキャンプ地はちょっと荒れ気味だったのでパスしたのだが、おくにあるキャンプ地は生活臭がするものの、西表島のキャンプ場の様な妙な清潔感があって気に入った。森の中にあるそのキャンプ地はフリーサイトだが変なキャンプ場よりはるかに過ごしやすそうだった。隣にはきれいな沢が流れ、テントサイトはきれいに整地されている。ただ残念なのはゴロタとはいえ前浜が干潟になっており、干潮の時にはカヤックのパッキングが面倒くさいというくらいか。まぁそんなものは西表でもアラスカでも慣れているので苦ではない。面倒くさいけど。
この日もテントサイトに着いたのが15時と比較的まだ早い時間だ。食い物も十分あったし内海で透明度も悪いので潜る気にはなれなかったが、釣りがしたかった。良型の良い魚だけを刺身用にするため、昨日の塩漬け魚を餌にしてカヤックから釣りをする。ダイビングのウエイトをアンカー代わりにしてカヤックから手釣り仕掛けを落とす。この仕掛けはニュージーランドの街のどこにでもある「Wear House」というホームセンターで売っている、見てくれはチョーしょぼい釣り道具でプラスチックのホイールに10号くらいのテグスが30mほど巻いており、そこに錘と馬鹿でかい釣り針が付いているだけのものだ。僕はこれにヨリモドシをつけて錘も遊動式に改良して使っていたが、それにしてもずいぶん簡単なものだ。こんなもので魚が釣れるのかと遊び半分で買ってみたのだが、これが結構使えるのである。
最初のポイントは浅すぎてスポッティーと呼ばれるベラしか釣れなかった。もう少し深い場所に移動すると今度はけっこうデカイあたりがありグルグル回るは首を振るはジタバタ系の引きをする魚がかかった。あげてみると良型のブルーコッド。こんな簡単にこんな良い型の魚が釣れるのなら潜る必要はまったくないように思えてくる…。しばらくはブルーコッドとスポッティーが交互に釣れる感じだったが、次第にあたりが遠のき海藻らしき根がかりも減ってきた。
「砂地に出ちゃったかな~」
そう思って仕掛けを回収しようと思ったらグイっと糸を引っ張られた。走る引きからしてブルーコッドではなさそうだった。糸を緩めながら手繰り寄せると水中に赤い魚影が見えた。スナッパーかな?と思ったが青い模様が見えた時、それがレッドガーナード(ホウボウ)だとわかった。
これは嬉しかったな~。潜っていてもなかなか見ることのできない魚だけにここでこいつを手に入れられたのはラッキーだった。他の魚は逃がしてやり、ホウボウだけを持って帰ることにした。
キャンプ地に戻ると石鹸を持って隣の沢まで行き体を洗う。激烈に冷たいが前日には海に潜っているし潮まみれの体にはここでの行水は格別に気持ちがいい。キャンプ地において体を真水で洗えるというのはシーカヤックの旅においてかなり上位の快楽だと思う。上流に民家のない清らかな沢が流れ込んでいるビーチを知っているというのはシーカヤックの旅には重要な情報だろう。今回は偶然だったけど、さっぱりした後に釣りたて方々の刺身をつまみにキリッと冷えた沢で冷やしたビールを飲むというのは、異国の地においても最高に気持ちいい瞬間である。あー、日本人でよかった!! 夜は森の中にあるテントサイトで拾ってきた流木に火をつけて昨日の魚を水で戻し、煮込んで飯にぶっかけて食べた。この上なく満腹、満足。むしろ食べすぎ…。
海岸で星空を見ながら焚火をするのもいいが、森の中で深々と迫る闇に虫の声を聞きながらやるたき火も良いものだ。この日はちょっと焚火を見ながら夜を過ごし遅くに就寝した。
2月26日South arm → Moawhitu Grenville Harbor
あたりが静かなせいかこの日はかなり起きるのが遅かった。いつものごとくコーヒーを淹れてパッキングの準備をすると10時前になっていた。
礫場の干潟ではパッキングした後のK-1を水に浮かべるのは相当の覚悟がいる。だから最初から水に浮かべてしまいそこにパッキングしていく。扉の写真はその模様でちゃんとカヤックにはアンカーをうっています。フジツボだらけのアラスカの海で考えた方法だ。
入り江の中はまるで油を流したような凪ぎで、滑るようにカヤックを進ませる。
入り江を出て湾の入り口付近まで来るとうねりが入ってくるようになった。だがそれもお構いなく洞窟があると中に入って行って遊んだ。島の北西端ネイルヘッドをたやすく回り込むといよいよ問題の西沿岸に出る。だがほとんど風もなく、うねりも程よい感じのが来るくらいだ。問題なのは潮流。ロックガーデンの間にものすごく強い流れがあり、間を通ろうとするとものすごい逆流で漕ぎきることができないことが起こるようになった。そのたびに岩をまわりこみ外側を漕いで行くのだが、こんなことなら最初から外を回っていけばいいと思うのだけどどうしても内側を攻めたいのである。
別に寄る必要はなかったのだけど気になったのでOtu bayという湾の中に入り、そこのどん詰まりにあるビーチで昼食を食べた。そこは扇状地のようになっていてニュージーランド特有の植物キャベッジツリーなどが生えていて放牧されている馬がこちらを見つめていた。
昼食を食べ終わって湾を出ると、再び絶壁地帯を南下する。巨大な岩と潮流が流れる感じはその岩の質から伊豆諸島を思わせた。その絶壁の沿岸が低くなり、岩礁帯を回り込むと今日の宿泊予定地であるMoawhitu Grenville Harborの湾が現れた。湾にはちょうど一艇ヨットが停泊していたが、しばらくすると移動していった。
フカフカのきめの細かい砂のビーチに上陸すると、潮上帯に看板がありキャンプ場の場所を知らせていた。ここはDOCのキャンプ場があるのだが、それにしても海岸からなんと遠いことか…。海が時化ている時などはこのほうが良いのかもしれないが、干上がったビーチからキャンプ場まで荷物を運びこむのはかなり重労働だ。二往復してなんとかキャンプ道具を運び、テントを立てて荷物を放り込んだ。
16時前にカヤックに乗って来る時の手前にあったゴロタ浜まで漕いで行って無理やりカヤックをゴロタ浜に上げた。最初に上陸したところには目の前にオットセイがいて焦って引き戻り、死角になる場所に揚げたのだが、でっかいオスのオットセイだったのでさすがに怖かった~。なんでこんな面倒くさいことをしているかと言うと、こういう所こそ大物の魚がいるに違いないと思ったからだ。南島とはいえこのあたりならスナッパーはいるはずである。でかいスナッパーを突きたくてこんなことまでやるのである。伊豆諸島の様なエントリーでゴロタ磯から海に入ると、アホみたいにパウアがいるじゃないか!もはやタイドプールの様な場所にジンガサみたいに張り付いている…。
まぁそれはそれですごいのだがとりあえずおいといて、海に入るとこれが意外なまでに魚がいないのである…。時間が限られていたので1時間あたりをカラ潜りしたがめぼしい魚はおらず、しょうがないとトキメクサイズでもないブルーコッドを無難に突き、緊急食料と決めていたパウアを一枚拝借してカヤックに戻った。あ~だるい。ウエットスーツを着たまま滑るゴロタに足をとられつつカヤックを運び、何とか出艇したものの、これだけ苦労しても報われないのだから魚突きは奥が深いものだ…。
これまた苦労してカヤックを潮上帯まで運び、ウエットスーツを脱いでキャンプ地に戻るとあたりは暗くなり始めていた。獲ったブルーコッドを刺身にしてレモンを絞って食べる。パウアはバター焼きにしてご飯と一緒に食べた。それにしてもここはウエカが多い。ウエカというのはニュージーランド特有の飛べない鳥の一種だ。クイナみたいなものなのだが、ここのこいつらが妙に馴れ馴れしく、料理をしているといきなり足をつついてくるし(地味に痛い)、食材から眼を放すと漁っているし、テントに入って休んでいるといきなり近くで「クェーッ!!!」とか言って叫ぶのである。保護しているのか何なのかよく知らないが、えらい迷惑な話である。そんなわけでここのキャンプサイトはシチュエーションもそれほど良くなく、こいつのせいであまり良い思い出はないのであった。
2月27日Moawhitu Grenville Harbor → Te Puna bay
翌朝、起きるとすぐ近くに住んでいるというキャンプ場管理人がやって来て、話をしていったのだが当然のごとく料金を徴収された。まぁわずか8ドル程度なので問題ないけど、結果的に言ってここが一番ダービルアイランドのキャンプサイトの中ではワーストだったので(トイレも汚かったし)、果たしてここにキャンプ場を造ることに意味があったのかどうかは個人的には微妙だ。 再び荷物を何回かに分けて運びこむ。出発の時はいくぶん潮が満ちていたのが救いだ。
海はそこはかとなく凪いでいた。いや~素晴らしい。湾の中とはいえ、これだけ凪いでいると晴天だったこともあるが非常に心が軽やかになる。
湾を横断して対岸にたどり着くと、再びイカツイ絶壁の沿岸を南下することとなる。それにしてもなんてすごい絶壁なのだろうか。日本でも知床の五湖の断崖、隠岐の摩天涯などみているけども、それに匹敵するぐらい見事な絶壁が続いている。そしてそこにあいているあり得ないくらいデカイ洞窟。どれだけのエネルギーがこの場所にぶつかるのか?今でこそこんな凪いだ海ではあるがひとたび荒れればとんでもない海になるであろうことはその地形を見ればわかるものだ。ただいまこの時はその自然のエネルギーが創った素晴らしい造形美に見惚れるばかりだ。首筋が痛くなるほど口をアングリ開けて上ばかり見ていた。
小さな砂浜を見つけてそこで休憩。流木が多くここでキャンプをしても面白そうだ。昼食をとり、再び漕ぎだす。
しばらく漕いでいると小さな岬の先端からポツリポツリと島が連なっており、それがダービルアイランドの南西端まで続いている場所に出た。このまま湾の中に入って本当沿岸を漕いで行ってもいいが、せっかくの凪ぎだ。沖に連なる島沿いに行くことにした。
これが大正解だ。なんとその向かう島、向かう島にかならずトンネルがあるではないか!沿岸から見ている時は気付かなかったがカヤックを漕いで沖に出るとそれがわかった。何とトキメク場所なのであろうか!沖なのでけっこう高いうねりが入って来てトンネルが沈んでしまうことも多々あったが、そのうねりのタイミングを読んでトンネルを次々とすり抜けていった。潮がよかったのかちょうどいいサイズのトンネルが多く、くぐっている途中で横穴を発見したりして、こいつがかなり興奮した。うねりの波に乗ってすり抜けると目の前にオットセイが現れたりしてワクワクしっぱなし。カヤックならではの遊び方だろう。遊覧船じゃこうはいかないよ。たまに失敗して押しつぶされそうになるが、叩きつけられるほどじゃないので何とかなる。そのスリルがまたいい。
トンネル遊びを堪能したころ、ちょうど島が途切れて今日のキャンプ予定地が現れた。
Te Puna bayと言われるこの湾にはかなり広い砂浜が広がっており、手前(北側)には大量の流木で作られたトーチカの様な防風壁が造られていた(後日これはヒロさんを含むエイベルタスマンのガイド連中が遊びに来た時に作ったものだと知る)。まるでマサイ族の村を囲む壁の様な見事なものだったが、どうもそこに居座るつもりになれず、より明日のゴールに近い南側にテントを張ることにした。
それにしてもすごい流木の数だ。浜に流れ込む川には海から打ち上げられた流木がひしめき合って逆流して詰め込まれたような形に溜まっており、かなり巨大な流木が浜を覆ってるまさにdrift wood beachだ。テントを張るとウエットスーツに着替えて海に入る。何しろ明日にはこの島を離れ、いったんネルソンの隣、モトゥエカまで行ってヒロさんの家に遊びに行くことになっていた。その他にも知り合いが何人かいたので彼らのお土産に魚を持っていこうと思っていたので、最後の夜、ちょっと本気になって魚を獲ろうと考えたのだ。
海は初日に潜ったGarden bayに比べると水が暗く、魚影は薄く思えた。だが、いない訳ではなくけっこう浅いところにも大型のブルーコッドなどが見受けられた。だが、本気になると逆に型を選んでしまい、なかなか打つまでに至れない。浅場から次第に沖の深みを狙うようになる。やはり深い場所の方が良い魚に出会う確率は高くなる。それまで見なかったトレバリーやタラナキなどの魚影を見るようになり、そこそこ獲れた。
結局3時間近く潜ってブルーコッド4匹、バターフィッシュ1匹、トレバリー2匹、タラキヒ1匹という、すごいんだかどうなんだか微妙な漁獲となったが、とりあえず今日のおかずとお土産には十分な量になった。今日食べるブルーコッド1匹とトレバリー2匹、タラキヒ以外は全てメッシュバックに入れて湿った砂利に埋めておいた。
潜っている間にやや天気が悪くなってきていた。風が北東から吹いておりテントがひしゃげるほどだ。カヤックを風上側においてペグを打った。空も曇り空が広がり今夜は星が見えそうもない。焚火を盛大に起こし、熾きを作ってそれで煮炊きをした。トレバリーとタラキヒは刺身にして玉葱と一緒に和えた。いやー、やはりアジは美味い。タラキヒは微妙な味だった…。ブルーコッドは定番になりつつある串焼きにして遠赤外線効果でコンガリ焼いて最後に食べた。ん~やはり焼き魚はじっくり焼くべきだな。美味い。
夜中、風上側にあったカヤックが風で飛ばされてテントに転がりぶつかって起きた。風がさらに上がったようだ。流木でカヤックを押さえこみ飛ばされそうなものを放り込む。やれやれ、明日の最終日、無事にフレンチパスに戻れればいいのだがと、不安を抱きながらも疲れた体には嘘をつけずすぐに眠りについた。
2月28日Te Puna bay → French pass
6時に起きるがまだ外は暗い。風裏を探して昨日の残り物を温めて食べ、簡単な朝食とした。パッキングして出発するころには8時前になっていた。今にも雨が降りそうな空。風は目の前にある岬から吹き込んでいる。外側は白波はまだ立ってはいないまでもかなり強い風が吹いているようだが、昨夜に比べるといくぶん落ち着いているように思えた。
カヤックを進ませる。岬を回ると予想通りの向かい風。それまでのグッドコンディションを考えれば確かにひどいものだったが、カヤッキングに支障があるほどの風ではない。グイグイとパドリングを続け先を急ぐ。途中干潮時には砂州でつながっていると思われる島との間を通ったら案の定座礁してしまった。カヤックを降りて歩く。風が強く抜ける外側を漕ぐよりはマシだ。カヤックを牽引して歩いていると、雨が降り出した。やれやれ。
深くなったところで再び乗り込みカヤックを進ませる。風をいなす為に沿岸を漕いで行くが、眼に雨粒が入って痛い。かといってサングラスをかけると前がしぶきで見えない。サングラスにワイパーがほしいと馬鹿なことを考えながら黙々と漕いでいると次第に右手に潮筋ができてきた。フレンチパスの激流が現れてきた。
この日の潮止まりは9時半頃だと踏んでいた。目的のフレンチパスへの最短横断位置に着いたのが9時だった。しかしそこにはあほみたいに流れる激流がある。しかもこっちに向かって流れている。いくらなんでもこれが弱い状態とは思えない。転流の時間はもう少しだと思うのだがこの流れの勢いは尋常ではない。とりあえず行けるかどうか突っ込んでみたが、ルームランナーのようにいくら漕いでも先に進まず、むしろ押し戻されている…。フェリーグライドで下りながら横断を試みても、その流れる方角には渦潮が巻いているように思えた…。気を抜いたらクルクルと廻されて「こりゃだめだ」と近くの浜に上陸した。
雨の中、流れを眺めたが、どうも隙がない。焦ってもしょうがないのでじきに流れは収まるはずだと、ちょっと異臭を放ち始めた魚のうろこと内臓、えらを出して時間を稼ぐことにした。
魚の水洗いが終わったころ、心なしか流れが弱くなったように思えた。このくらいなら転流を待たずともパワーで何とかなりそうだ。そう思い、もう一度流れに突っ込むとなんとか前に進んでいる。パワーで何とか乗り切り、気付いたら本流筋から抜けていた。
流れの淀みまで行ってちょっと一休み。というかちょっとした油断である。これでもうゴールしたようなもんだと思ってしまい気が抜けてしまった。キャンプ場のある岬の裏側にカヤックを向けて漕ぎ進むと次第に風が強くなってきた。そして気付いたらとんでもない向かい風が吹きこんで来ていた。
何だこりゃ、なんでだよ~っ!?
…ってな感じである。風速10m近くありそうな向かい風が吹いてきてまぁ何とか前進できるけど油断するとすぐに足を止められるといった感じだ。一瞬でも海で油断した自分を呪いつつパドリングをこなす。
なんとか岬を回り込むと今度はタップンタップンに三角波のできた湾だった。返し波ですごいことになっている。まるでロデオでもしているかのように小刻みな波をいなしつつ前進する。救いなのはもう目の前にゴールのキャンプ場が見えることだ。沈するとは思わなかったがこんなかったるい目に最後の最後で会う羽目になるとはさすがニュージーランドの海、油断できんゼョといった感じだ。
浜が目の前に見えたころ、浜から数人が降りてきて僕の上陸をサポートしてくれた。カヤックから降りると荷物満載のカヤックを持ち上げてくれ、キャンプ場まで運んでくれた。僕はひたすらサンキューを繰り返し、彼らのシーマンシップに感謝した。
彼らは北島のオークランドから来たらしく、マルボロサウンズを漕いでそのままダービルアイランドまで行って一周する予定だったらしいが、この悪天候のためここで天気の回復を待ち、ダービルアイランドだけを攻めることにしたようだ。泊めていた車を回し、キャンプ道具を放り出したカヤックをトイレに持ち込んで分解していると、彼らが僕にコーヒーを淹れてくれるという。インスタントのコーヒーだったがお湯を沸かすのにえらい時間がかかり、その間ずっと日本やカヤックの話、僕のこれまでの旅行の話などをして過ごした。そしてもらったコーヒーのうまさは一人孤高のカヤック旅をしている時に飲む香り高いコーヒーとはまた違う、温かい味わいがあった。
全てのかたずけが終わると僕は彼らに感謝し、彼らのツーリングの幸運を祈ってフレンチパスを後にした。
ずぶ濡れで雨の中の出発だったけど、充実感でいっぱいだった。
うん、良い旅だった。